坂の上の雲 第9話 広瀬、死す 感想

 
2010年12月29日/ TVドラマ
NHKドラマ「坂の上の雲」第9話:広瀬、死すの感想など。

坂の上の雲

とりあえず、NHKの公式サイトからあらすじを。
~引用開始~

1904(明治37)年2月5日、連合艦隊司令長官・東郷平八郎(渡哲也)のもとに封密命令が届けられた。東郷は各隊の司令官と艦長を三笠に集めて開戦の命を告げ、決意の杯をあげる。真之(本木雅弘)は、艦長のお供で三笠を訪れていた広瀬(藤本隆宏)と再会。ロシア駐在を経験した広瀬はこの戦いに特別な意味を感じ、自分にしかできない役目があるはずだとして、それを参謀の真之に考えてほしいと頼む。翌6日、連合艦隊は佐世保港から出撃する。


同日、日本はロシアに対して国交断絶を通告。皇帝ニコライ二世(ティモフィー・ヒョードロフ)は激怒するが、極東総督のアレクセーエフ(ゲンナジー・ベンゲロフ)が電報を握りつぶしたと気づかされる。その2日後、皇帝は御前会議を招集した。


8日、連合艦隊は旅順港の東方44海里にある円島(えんとう)付近に達した。真之らは夜のうちに5隻の敵軍艦を沈め、翌日の決戦を有利に進めるという奇襲作戦に打って出る。翌日、皇帝ニコライは宣戦布告を発する。


日本では開戦を知った律(菅野美穂)が季子(石原さとみ)を心配して秋山家を訪れる。気丈に振る舞う季子だが、律に用心棒になってほしいと頼む。一方、習志野の練兵場では、騎兵第一旅団の旅団長をしていた好古(阿部寛)が来るべき戦闘のために準備を整えていた。


三笠では、有馬良橘(加藤雅也)が港内に閉じこもるロシア旅順艦隊に対し閉塞戦を試みることを提案。真之は乗組員の生還率の低さから反対するが、東郷は作戦を受け入れる。広瀬はロシアの友人たちにあてたメッセージを書いた垂れ幕を閉塞船に掲げて出発。しかし、この閉塞作戦は失敗に終わる。


二度目の閉塞作戦が実行されるが、旅順口に達した4隻の閉塞船はロシア軍の集中砲火を浴びる。広瀬が指揮する福井丸も被弾、乗組員は爆薬を仕掛けた船を離れて短艇に乗り込み脱出を図る。そのさなか広瀬は砲弾を受けて落命。海軍の閉塞作戦は再び失敗に終わる。


~引用終了~

この当時は、宣戦布告を相手国にせずに戦闘を仕掛けても卑怯だとは
思われなかったのですね。
いつの頃から宣戦布告を先にする決まりが出来たのでしょう。真珠湾攻撃は
すんでの差で宣戦布告が遅れたため、未だに「リメンバー・パールハーバー」
と米国人に言われるハメになっていますし。

この回で、日本海海戦が見られるのかと思ったら、まだまだ先のようで、
次の放送は1年後の同じ時期ですよ。生きてるかなあ(笑)
意外と1年なんてあっという間に過ぎるのかも知れませんけれど。
昨年も「1年後かあ」と言っていた気がするので。

旅順港閉塞作戦は2度失敗し、2度目の作戦で広瀬武夫少佐が戦死しました。
ロシア軍は、広瀬少佐の遺体を発見して丁重に葬りました。
敵軍であっても、勇猛な軍人には敬意を表するとは・・・
広瀬少佐にロシア人の恋人が居たのは史実どおりでしょうか。

大勢の戦死者を出した203高地の戦いなども次回に描かれるのでしょう。
1年間待つしかないですね。
  


Posted by じろう at 22:23Comments(0)

JIN-仁-レジェンド ディレクターズカット 第2夜 感想

 
2010年12月29日/ TVドラマ
昨夜放送されたTBS系ドラマ「JIN-仁-レジェンド ディレクターズカット」第2夜の
感想など。

JIN 仁

特に後半は、頻繁にCMが入ってちょっとイラつきました。
タダで見せてもらっている番組だから仕方ないとは思いますけど。

タイムスリップものと言えば、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズを
思い出します。日本のものなら、映画「バブルへGO!」でしょうか。
ほかに何かあったでしょうけど、なぜか「バブルへGO!」が思い浮かびました(笑)

11月に最終回を迎えたNHK大河ドラマ「龍馬伝」では、福山雅治さんが坂本龍馬を
演じられましたが、こちら「JIN-仁-」では内野聖陽さんが演じられています。
それぞれの龍馬に共通しているのは「クドい」ことですが、まあドラマの脚色ですから。
それを差し引けば、福山・龍馬も内野・龍馬も好感が持てます。

野風(中谷美紀さん)が乳がんに罹って手術する場面は、本放送で見て覚えていました。
江戸時代から、乳がんは病気だと認識されていたのですね。
乳房にしこりが出来るから分かりやすいのかも知れません。
内臓のガンだと全く分からないでしょう。

ペニシリンを作るには大勢で力を注いでいますが、医療現場では頻繁に使われる
ものなのでしょうか。知識が乏しくてよく分からないのですが。
緒形洪庵(武田鉄矢さん)が労咳(結核)に罹った時は、ペニシリンを使用して治療
できなかったのかなあ。南方仁(大沢たかおさん)は、何も治療しませんでしたし。
結核も末期になると、現代の医師でも手が付けられないのか・・・

舞台となっている、1862~1863年当時の徳川将軍は誰だったのだろうと調べると、
第14代徳川家茂(在位1858~1866年)でした。
大河ドラマ「篤姫」は、その直前の第13代徳川家定の時代だったんですね。

CMでも頻繁に宣伝していましたが、来春に完結編が放送される模様。
南方仁は、果たして現代に戻ってこられるのかどうか楽しみです。
原作のマンガでは、どうなっているのか気になりますけど。
  


Posted by じろう at 06:12Comments(0)